藤色に魅せられて


刷り込み教育なんて言われたりしますが、教育に限らず趣味もそうだと思ってます。


祖母の家に行くと、必ずついていた箱根駅伝。

2日間で10人が襷を繋ぐ駅伝。
1人1時間も走り続ける駅伝。
あの時から、大きい存在でしかなかった駅伝。

箱根駅伝を見ることは、つまり新年を迎えることでした。
そして、いつしか私の目は藤色に魅了されるようになっていったのです。

平成の常勝軍団。


そう彼らが呼ばれているのを知ったのは、おそらく小学生くらいのとき。
しっかりひとりひとりの顔と名前を自分の頭の中で一致させるようになったのは、おそらく中学生のとき。
コマスポや駒伝を見漁って三大駅伝を追うようになったのは、おそらく高校生のとき。


毎年、強い。
そんな、芯の強さに憧れた。
鮮やかな復路逆転劇に飛び上がって喜んだ。
まさかのシード落ちに不貞腐れた。
大ブレーキを見る度に、もっと走れる選手なのに…ってしょんぼりした。


ぜんぶぜんぶ、駒大の駅伝から知りえた感情なんです。

黄金時代と言われた箱根の四連覇で、どっぷり嵌ってしまったのは事実です。
けれど、彼らは常に勝っていたわけではありません。
常勝軍団なんて、勝てば持て囃されるというだけの、冷たい字面には違いなくて。
最近は伝統校としての側面ばかりが押し出されています。
確かに、他を寄せ付けない箱根の強さが好きでした。
けれど、それ以上に負けた大会も、わたしの記憶の中に強く残っています。
好きとは、そういうことなんだと思います。


勝って当然と言われても、大学はあくまで教育機関。
選手を見限る前提で、人を集める大学はマスコミがどんなにストーリー仕立てにして報道したとしても好きにはなれません。
強い陸部の監督は、みんなトラックにでて、部員全員のことを考えている。
競技は違えども、それはバスケだってラグビーだってそう。

「またも三位」
分かる。
分かるけど。
勝って当然とは、そういうことなんだけれど。
それでも、「またも」なんて言葉は使って欲しくありません。
なぜなら、誰より現場にいる選手が、その結果に全く満足していないからです。

あの、輝く藤色に。

どの画面を背景にしても不思議と映える藤色に。

本当の意味で魅せられたのが、なぜだったのか。
それはわたし自身にも分からないことです。
けれど、どんなにすごい選手が出てきても、どれだけドラマチックな優勝をしたとしても、どれほどの苦難を乗り越えた大学が出てきたとしても。

わたしの中での一番は、それこそ「常に」駒澤大学です。


今年もまた、悔しさを残したまま三が日を終えました。
これで八大会、ゴールテープを切っていません。
来年こそは。

でも、また駒大らしい走りが見れたら、それでいいのかもしれない。
そんな一見矛盾する気持ちを抱きながら、駅伝シーズンの到来を心の底から楽しみに待つのです。


藤色に魅せられた、幼少の気持ちのままに。

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