その暖かみは本物である
今日はちょっと前のことになってしまいますが、9月1日のことについて。
私は今の家に兄と二人暮しを始めてからというものの、たくさんの友達を家に連れ込んでは夜遅くまで遊んで、朝早くに出て行くという、なんとも面倒な妹をやっておりまして。
そんな私に文句ひとつ言わずに、兄は「いつえも連れておいで」って言ってくれていたんですね。
だから私は兄が友達を連れて来てくれるのがとっても楽しみで、とても嬉しくて、ついつい仲良くなろうとしてしまうのですが。
1日に来てくれたお友達は私の兄と同じサークルの人で、一度同じメンバーで遊びに来てくれたことのある人たちです。
なんというか、それはみなさん優秀な方々ですので、困ってしまっている面もあるのですが。ただですね、なんか食らいつこうとしている自分もいるんですね。そんなこと考えてたのかって馬鹿にされそうですが。
んと、そうですね。
超能力学園Zとかいう訳のB級映画を見て、USオープンを、いろいろな話をしたり、話を聞いたり、私にはわからない範囲もたくさんあるのですが、また違う兄の一面を見ることもできて、ともかく楽しいという言葉だけです。本当に。
そこには確かに暖かみがあるんですよね。
ありがたい、暖かみが。
それは私のどの友達とも、どの枠の知り合いとも比べようのない、優しい優しい暖かみが。
私はいつだって、兄の友達に囲まれて育ってきました。
「きょーちゃん」って呼ばれて、私にとってはその名前がとても大事で。
形としてあるなら、毎晩抱きしめて眠りたいほどに、大事なの。
だからね、私を可愛がってくれた人のうちの一人がね、「きょーちゃんは俺たちが育てたようなもんだから」って言ってくれた時に、多分、近年稀に見る笑顔を浮かべることができたと思うんです。あーもう!大好きだなーって(笑)
私のことを「きょーちゃん」って呼んでくれるのは、兄の地元の友達と、高校の時の友達2人と、大学の語学のクラス2人くらい。
あえて、私はこの呼び方を他の人には呼ばせない。
たとえ、どんなに大切な彼氏でも、どんなに大切な友達でも、どんなに大切な先輩でも後輩でも、彼らの前では「きょーちゃん」にはなれないから。
それは私なりの恩返し。
とても、大切にされてきたから、大切にしてくれた人を、私は目一杯大切にしたい。
勢い余って、大好きな人たちを傷つけてばかりの私だけれど、これからも、等身大の愛情を、大好きな人たちへ。
2015.09.01
(whatever you want)
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